DX推進の課題は「人材・予算・現場」の3つの壁に集約され、乗り越え方の起点はツール選びではなく業務の可視化にあります。
「DXを進めろと号令はかかるが、現場は一向に変わらない」——経営者や情シス、推進担当の方から、私たちが最も多くいただくご相談のひとつです。ツールをいくつか入れ、PoC(試験導入)も回した。それでも「うちのDXは進んでいる」と胸を張れない。多くの企業が、同じ場所でつまずいています。
何が・どこで・なぜ詰まっているかを把握しないまま道具を入れても、非効率な業務がそのままデジタルに移るだけです。この記事では、IPA・経済産業省の最新データと、私たちがBPR(業務改革)支援の現場で見てきた”DXが止まる典型パターン”をもとに、課題の正体と実践的な乗り越え方を解説します。
なぜDX推進はつまずくのか?課題は「人材・予算・現場」の3層に集約される
DX推進の課題は数多く語られますが、突き詰めると次の3つの壁に整理できます。個別の悩みも、たいていはこのどれかに根を持っています。
| 壁 | 症状(現場で起きること) | 根っこにある問題 |
|---|---|---|
| ① 人材の壁 | 推進役が雑務に追われる/「詳しい人」に丸投げ | 推進を”個人の責任”にしている |
| ② 予算の壁 | PoCの見積で頓挫/効果が見えず投資が続かない | DXを”コスト”としか見ていない |
| ③ 現場の壁 | ツールを入れても使われない/反発される | 現状業務を可視化しないまま道具先行 |
重要なのは、これらが独立した問題ではなく連鎖しているという点です。現場を可視化しない(③)から効果を数字で示せず、予算が続かない(②)。推進を個人任せにする(①)から、現場を巻き込む設計ができない。だからこそ、対症療法ではなく順序立てた乗り越え方が要ります。まずは事実(データ)で全体像を押さえましょう。
データで見るDX推進の課題は何が多い?
最新の公的調査では、DXの取り組み自体は広がる一方で、「人材」と「費用」が突出した課題として繰り返し挙がっています。
- DXに「何らかの形で取り組んでいる」日本企業は77.8%。取り組む企業は多数派になった(IPA「DX動向2025」)。
- 一方で、DXを推進する人材が「不足している」企業は85.1%にのぼり、米国・ドイツと比べても顕著に高い(同上)。しかもこの水準は近年8割超で高止まりしており、採用だけで一気に解消できる問題ではありません。
- 中小企業では、取り組み段階を問わず「費用の負担が大きい」「DXを推進する人材が足りない」が上位を占める(中小企業庁「2025年版 中小企業白書」)。
IPAは成果創出の方向性を、「内向き・部分最適」から「外向き・全体最適」へと整理しています(IPA「DX動向2025」)。つまり、部署単位の小さな効率化にとどまっている限りDXは成果に届きにくい、ということです。数字が示すのは「取り組んではいるが、人材と費用の壁で全体最適に至れていない」という日本企業の共通像です。
支援現場で見た「DXが止まる3つのパターン」とは?
ここからは、私たちがBPR支援の現場で繰り返し目にしてきた”DXが止まる典型”を、匿名で類型化してお伝えします(業界・規模・実名は伏せています)。データの背後で実際に何が起きているのか、という一次情報です。名付けて「DX停滞の3類型」です。
① 丸投げ型 — 「ITは分からないから任せる」と、ベンダーや情シスに要件ごと預けてしまうパターン。経営が「何を変えたいのか」を言語化できないため、出来上がったものが現場の実務と噛み合わず、結局使われません。DX人材が本来業務から外れ、既存システムの保守や雑務に追われる”便利屋化”も、この土壌で起きます(ITmediaは、部門長が「その人の判断に任せる」受け身姿勢に陥る構造だと分析しています)。
② PoC漂流型 — 試験導入は熱心にやるのに、「どの部署が責任を持つか」と「やめる基準」が曖昧なまま、検証だけを繰り返すパターン。これは生成AIのブームで再燃した”PoC止まり”とまったく同じ構造です。撤退基準とKPIを最初に決めていないと、成功とも失敗とも言えないまま案件が漂流します(生成AIのPoCの進め方で詳述)。私たちが関わったある業務改革案件でも、最初に責任部署と評価軸を決め直したことで、現場から挙がった30件超の課題を6つの改善施策に束ね直し、ようやく「試すだけ」から「実装して回す」に転換できました。
③ 現場不在型 — 現場の業務を可視化しないまま、話題のツールを先に入れてしまうパターン。非効率な手順がそのままデジタルに移るだけで負担はむしろ増え、現場は「余計な仕事が増えた」と反発します。これは業務改善が失敗する原因と根が同じで、”現場が動かない改善”の典型です。
3類型に共通するのは、「現状の業務が見えていない」ことと「経営の当事者意識が薄い」こと——この2点です。以降、3つの壁ごとに乗り越え方を具体化します。
「人材の壁」はどう乗り越える?
人材の壁を越える鍵は、採用や研修の前に「推進を個人の責任にしない」体制設計です。DXが止まる企業ほど、「詳しい人」に丸投げして経営は”お手並み拝見”になりがちです。
- 経営が意思決定に入る:やる/やめる/広げるの判断は経営が担う。推進担当を判断者にしない。
- 推進役を雑務から守る:既存システムの保守や庶務に埋もれさせない。役割と時間を確保する。
- 不足は外部で補い、内部に残す:初期は外部の伴走を使って走り出し、進め方のノウハウを社内に蓄積する。経産省も中堅・中小企業には支援機関の活用を推奨しています(中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025)。
「85.1%が人材不足」という数字は、裏を返せば採用競争だけで勝つのは難しいという現実でもあります。だからこそ、少人数でも回る体制と、外部活用+内製化の二段構えが現実解になります。
「予算の壁」はどう乗り越える?
予算の壁は、「大きく一発」ではなく「小さく始めて効果を数字で示し、次を取りにいく」という順序で越えます。PoCの見積もり段階で予算感が合わず頓挫する——これは公的調査でも指摘される典型的な躓きです。
- スモールスタート:全社改革をいきなり狙わず、効果が測りやすい1業務から。効果測定→横展開の型をつくる。
- DX予算を別枠にする:通常のIT予算に埋もれさせず、一定額・一定比率を確保する。経産省も予算の別管理の重要性を挙げています(DX調査2025の分析)。
- 補助金を組み合わせる:IT導入補助金など、設備・ツール投資を軽くする制度を初期原資に充てる。
効果は必ずしも金額から入らなくて構いません。まずは「対象業務の月あたり工数(時間)」を導入前後で比べる——この一点を測るだけでも、次の予算を取りにいく材料になります。予算を通すには「効果の見える化」が不可欠であり、そのためにも次の「現場の壁」——業務の可視化が土台になります。
「現場の壁」はどう乗り越える?業務可視化から始める
現場の壁を越える起点は、ツール選定ではなく「業務の可視化(棚卸し)」です。誰の・どの作業に・どれだけ時間がかかっているかを見えるようにしないと、そもそも「どこをDXすべきか」が決められません。
私たちは業務を漏れなく棚卸しするために、「業務カルテ17軸」という自社フレームで、対象・手順・工数・システム・例外処理・属人度などを1業務ずつ書き出します。その上で、洗い出した多数の個別課題を「課題構造化」で少数の”真因”に束ねます。前述の業務改革案件(複数部門の間接業務を対象に棚卸し)では、現場から出た30件超の個別課題を6つの真因に集約でき、そこから打つべき改善施策の優先順位が一気に明確になりました。個別の不満に個別対応していたら、いつまでも全体最適(=IPAの言う「外向き・全体最適」)には届きません。
可視化の具体的なやり方は業務可視化のやり方と業務棚卸しの手順にまとめています。現場を巻き込みながら可視化すること自体が、「自分たちの業務を良くする」という当事者意識を生みます。
つまずかないDX推進の進め方は?
3つの壁の乗り越え方を、実行順に並べると次のようになります。DXは「変革」ですが、入口は地道な可視化からです。
- 業務を可視化する:業務カルテ17軸で現状(As-Is)を棚卸しする。
- 課題を構造化する:個別課題を真因に束ね、DXで解く優先順位を決める。
- 小さく実装する:効果の測りやすい業務からデジタル化・自動化。PoCはKPIと撤退基準をセットで。
- 効果を測り横展開する:数字で示して予算と信頼を得て、次の業務へ広げる。
- 業務・組織に定着させる:手順・ルールを更新し、使われ続ける状態にする。
中小企業ならではの始め方は中小企業のDXの進め方で、どの業務からAIで自動化するかは業務改善にAIを活用する進め方で掘り下げています。DXを含む業務改革の全体像は業務改善コンサルティングをご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. DX推進で最も多い課題は何ですか?
A. 「人材不足」と「費用負担」です。IPA「DX動向2025」では、DXを推進する人材が不足している企業が85.1%にのぼり、中小企業白書でも費用負担と人材不足が取り組み段階を問わず上位に挙がっています。まずはこの2つを前提に体制と予算を設計するのが現実的です。
Q. DXが進まない一番の原因は?
A. 現場の業務を可視化しないまま、ツール導入から入ってしまうことです。現状が見えないと、どこをDXすべきか決められず、非効率がそのままデジタルに移って現場の反発を招きます。可視化を起点にするのが遠回りに見えて最短です。
Q. PoC(試験導入)で止まってしまいます。どうすれば?
A. 始める前にKPI(成功の基準)と撤退基準の両方を決めてください。「どの部署が責任を持つか」を明確にしないまま検証だけを繰り返すと、成功とも失敗とも言えず漂流します。生成AIのPoCでも同じ構造の躓きが起きています。
Q. 中小企業でもDXは必要ですか?何から始めればいい?
A. 必要です。ただし壮大な変革を最初から狙う必要はありません。紙・Excel業務のデジタル化など、効果が測りやすい1業務の可視化と改善から始め、小さな成功を積み上げて広げるのが挫折しない進め方です。
まとめ:課題は”3つの壁”、乗り越え方は”可視化から”
DX推進の課題は「人材・予算・現場」の3つの壁に集約され、いずれも根には「業務が見えていない」「経営の当事者意識が薄い」があります。乗り越え方の起点は、ツール選びではなく業務の可視化です。可視化→課題構造化→小さく実装→効果測定→定着、という順序で、部分最適から全体最適へ進みましょう。
私たちキュリオシティは、”現場主義 × AI”で、業務の可視化から課題の構造化、AI・デジタル活用の実装・定着までを一気通貫で支援しています。
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監修:大槻 伸夫(キュリオシティ株式会社 代表取締役CEO)。BPR(業務改革)・PMI・生成AI導入支援の現場知見をもとに執筆。本記事のDX停滞パターンは、実案件を業界・規模・実名を伏せて匿名で類型化したものです。
