※本記事は、当社(従業員十数名)が2026年9〜10月に社内の資金繰り管理をExcelからWebアプリへ移した記録と、公的な調査結果にもとづきます。金額・取引先・担当者名は掲載していません。
システム導入は目的→業務整理→要件定義→選定→テスト→移行→定着で進め、旧システムは新旧の数字が一致するまで止めません。
「ボタンが効かないです」。当社の資金繰り管理をWebに移して数週間後、社内の利用者からこう連絡がありました。調べるとボタンは動いており、書き込みの失敗が画面のいちばん上に表示されていただけでした。利用者は47件の一覧を下までスクロールしていたので、何も起きていないように見えたのです。
システム導入の失敗は、稼働日の大きな事故より、こうした小さな「使いにくい」の積み重ねで起きます。この記事では、導入の全体手順を押さえたうえで、当社の移行で実際に起きたことから、旧システムを捨てる時期と定着を測る指標を紹介します。
システム導入はどんな順番で進める?7つのステップ
システム導入は7段階で進めます。前半の4段階(目的・業務整理・要件定義・選定)で「何を変えるか」を決め、後半の3段階で「どう移して使わせるか」を決めます。 製品選びから始めると、目的の物差しがないまま機能の多さで選ぶことになります。
| 段階 | やること | 終わりの目安 |
|---|---|---|
| ① 目的・範囲の決定 | 何の業務の、何を、どれだけ良くするかを決める | 「請求作業を月◯時間減らす」など数値の目標が1行で書ける |
| ② 業務の整理 | 今の業務フローと困りごとを洗い出す | 現状の業務フロー図と課題一覧がある |
| ③ 要件定義 | 業務をどう変えるか→システムに何をさせるかを決める | 要件一覧に、決めた人と根拠がついている |
| ④ 選定・契約 | 製品・開発会社を比べて決める | 足切り条件と、諦めた点が書かれている |
| ⑤ 構築・受入テスト | 設定・開発し、利用者と同じ条件で試す | 新旧の数字の照合など、合格条件を満たした |
| ⑥ 移行・段階稼働 | データを移し、痛みの大きい部分から順に切り替える | 「何が一致したら旧を止めるか」が決まり、最初の利用者が日常業務で使っている |
| ⑦ 定着・効果測定 | 使われ方を測り、小さな不満を潰す | 目標の数値と、定着の指標を月次で見ている |
①②のやり方は業務可視化のやり方と業務フロー図の作り方で解説しています。③の要件定義は、要件1つずつに「誰の、どの困りごとから来たか」と「決めた人」を書き添えるのが要点です。後から「なぜこの機能があるのか」で揉めたときに、立ち返る根拠になります。④の選定では、点数を付ける前に「これを満たさなければ落とす」足切り条件を決めておくと、安さだけで決まる失敗を防げます。
推進体制は、最低でも3つの役を置きます。目的と「旧を止める条件」を決める人、テストと利用者への説明を担う業務側の担当、設定・開発と移行を担う作る側です。小さな会社では1人が兼ねても構いませんが、決める人が不在だと、新旧の数字が合わないときに誰も止める・進めるを判断できません。
本記事では、上位の解説記事で手薄になりがちな⑤〜⑦の「試す・移す・使わせる」側に重点を置きます。
システム導入はどこでつまずく?調査に見る「稼働」と「定着」
公的・民間の調査では、つまずきは「稼働の瞬間」と「その後の定着」に集中しています。しかも稼働でつまずくと、定着もほぼ失敗します。
- 1,000万円以上のシステム導入経験がある管理職515名への調査では、稼働(ローンチ)がスムーズでなかった人が30.5%、そのうち定着もスムーズでなかった人が69.2%でした(株式会社オロ、2022年12月)。つまずきの理由には、要件定義の甘さ、現場とシステム部門・上層部の意思疎通不足、既存システムとの互換性、現場の理解不足などが挙がっています
- IPA「DX動向2025」では、DXの目的に対して成果が出ていると答えた日本企業は6割弱で、米国・ドイツの8割以上と差があります。成果が出ている企業ほど、経営者・IT部門・業務部門の協調ができていると答える割合が高く、一方でDX推進人材が不足している企業は85.1%でした
- 経済産業省「DXレポート」(2018年)は、複雑化・ブラックボックス化した既存システムを放置した場合の経済損失を、2025年以降最大12兆円/年と試算しました(いわゆる2025年の崖)
導入の成否は、製品選びより稼働直後の数週間をどう越えるかで決まりやすいといえます。
旧システムはいつ捨てる?当社がExcelを残したまま移した理由
当社は、新しいWebアプリの計算が旧Excelと完全に一致するまで、Excelを捨てませんでした。旧システムは「答え合わせの相手」であり、先に捨てると新しい側が正しいか確かめる手段がなくなるからです。
移行前の当社の資金繰り管理はExcel1冊でした。入力する人が2名いるのに、Excelは同時に開けません。これが導入のきっかけで、あわせて元データの入力と計算を別の場所に分けることにしました。一方で、そのExcelの計算は検算11項目がすべて合う状態まで整えてあり、社内で唯一「正しいと確かめられた答え」でもありました。
移行では、次の3点を「一致したら次へ進む条件」にしました。
- 件数:明細2,225件がすべて移っていること
- 金額:合計が1円も違わないこと
- 集計:月次損益の全96マス(項目×月)が一致すること
実際に一度ずれました。原因は端数の丸め方です。旧Excelの計算で使っていた取り込み機能(Power Query)や検算用のプログラムは0.5を偶数側に丸める「銀行丸め」、新しいデータベースの標準関数は0から遠い側に丸める四捨五入でした。銀行丸めの関数を自作して揃え、3点とも一致したのを確認してから次の段階へ進みました。言語やツールをまたぐ移行では、丸め規則を最初に揃えるのが当社の教訓です。
稼働前のテストと利用者への説明は何をする?
受入テストは「利用者と同じ条件」で行い、合格条件を数字で決めます。説明は操作手順より先に「何が変わり、何が変わらないか」を伝えます。 当社の移行で、テストの段階で拾うべきだったものは次の3つでした。
- 利用者と同じ権限で試す:作った人は管理者の権限で動かしがちです。当社では後述の「画面が空欄になる」問題が、管理者の権限では速く動いて再現しませんでした
- 社外の利用者を含めて試す:公開した日に、社外の協力者がログインできませんでした。クラウドの既定の認証が「契約した組織の一員」しか通さない設定だったためで、全員が使える合言葉方式に切り替えました
- 新旧の照合を合格条件にする:前の節の「件数・金額・集計の3点一致」を、そのまま受入テストの合格条件にしました
利用者への説明では、「入力はWebで、Excelは見るだけになる」「数字の正はWeb」と、どちらを信じればよいかを最初に決めて伝えるのが大切です。ここが曖昧だと、利用者は慣れた旧手段に戻ります。人数が多い場合は、業務マニュアルの作り方の要領で、変わる操作だけを1枚にまとめると定着が早まります。
段階移行はどう切る?「入力→計算→旧の降格」の3段移行
当社は「①入力だけWebへ移す→②計算もWebで行い旧Excelと二重に出す→③旧Excelを出力先に格下げする」の3段で移しています。最初に移したのは、いちばん痛い「同時に入力できない」部分です。

| 段 | 移すもの | 次へ進む条件 | 当社の状況(2026年10月) |
|---|---|---|---|
| ① 入力 | 入力画面だけをWebへ。計算はExcelのまま | 2名が同時に入力でき、Excelへ渡せる | 完了 |
| ② 計算 | 集計・日繰り・損益をWebで計算。Excelと二重に出す | 件数・金額・集計の3点が一致 | 進行中(給与関連の計算は268行で一致を確認) |
| ③ 降格 | Excelは閲覧・提出用の出力先にする | 二重運用で1か月以上ずれが出ない | 未着手 |
最初の段で「入力だけ」を移したのは、利用者が初日から得をするようにするためです。計算まで一度に移すと、数字が合わない間、利用者は新旧両方を見比べる手間だけを負います。段階移行・一括移行の比較は基幹システム刷新の進め方でも整理しています。
稼働後、何を見れば「使われている」とわかる?定着チェック3指標
定着はログイン数では測れません。当社は「項目の充足率」「新旧のずれ」「報告の中身」の3つで見ています。
| 指標 | 見るもの | 当社で見えたこと |
|---|---|---|
| 1. 項目の充足率 | 入力項目ごとに、何割が埋まっているか | 「決済の実績日」が2,225件中0件。旧Excelでも一度も使われていなかった |
| 2. 新旧のずれ | 旧手段(Excel・紙)と新システムで同じ数字が出ているか | Excel側に古いマスタの写しが残り、ある手当の欄が全員0円に。データの正をWebに一本化し、Excelは取り込んで計算するだけにした |
| 3. 報告の中身 | 利用者の「効かない」「出ない」の内容 | 「ボタンが効かない」「残高が空欄」の2件。どちらも機能ではなく見え方・速さの問題 |
1つ目は特に効きます。「決済の実績日」が空のままだと、資金繰りは全部「予定日」で動き、支払予定日を過ぎても実績になっていない取引が63件残っていました。項目があるのに使われていないのは、入力の手間に対して得がないからです。当社は、通帳のデータを読み込むと候補を自動で示し、人が確認して確定すると実績日が入る画面を作り、入力を「探す作業」から「確かめる作業」に変えました。
稼働直後の「効かない」「空欄」は何のサイン?
稼働直後の小さな報告は、機能不足ではなく「結果が見えない」「遅い」のサインであることが多く、ここを放置すると利用者は旧手段に戻ります。
冒頭の「ボタンが効かない」は、失敗の知らせが押した場所から何画面も離れていたのが原因でした。対策は、成功も失敗も押した場所の近く(画面下の帯)で知らせることです。
「残高が空欄」は、「この人がこの行を見てよいか」の確認が明細1行ずつに走り、7千行で1回2.5秒かかって画面の制限時間を超えていたのが原因でした。書き方を直して0.09秒になり、空欄は消えました。管理者の権限で試すと速く動いて再現しないため、利用者と同じ権限で計ることが切り分けの近道でした。
システム導入の失敗例は、どの段階で防げる?
よくある失敗は、原因が起きた段階で防ぐのがいちばん安く済みます。
| 失敗例 | 起きる段階 | 防ぎ方 |
|---|---|---|
| 「周りが入れているから」で始め、多機能で高い製品を選ぶ | ① 目的 | 数値目標を1行で書けるまで選定に進まない |
| 現場の業務に合わず、手作業の回避策が増える | ②③ 業務整理・要件定義 | 現状の業務フローに例外処理まで書き出す |
| 既存システムと連携できず二重入力になる | ③⑤ 要件定義・テスト | 連携先と、データの持ち主を一覧にする |
| 新旧の数字が合わず、誰も新しい方を信じない | ⑤⑥ テスト・移行 | 件数・金額・集計の3点一致を移行条件にする |
| 入力項目が空のまま、旧手段に戻る | ⑦ 定着 | 項目の充足率を月次で見て、入力に得をつける |
失敗原因の考え方は業務改善が失敗する原因と回避策、効果の測り方は業務改善の効果測定の方法も参考にしてください。
よくある質問
Q. システム導入の期間と費用は、何で決まりますか?
A. 規模に加え、移行するデータの量と、新旧を並べて動かす期間で大きく変わります。当社の小規模な社内システムでも、入力の切り替えから計算の一致確認まで数週間かかりました。見積もりでは、開発費だけでなく移行・照合・定着支援の工数を別に確保しておくのが安全です。
Q. 旧システムとの並行稼働はいつまで続ければよいですか?
A. 「件数・金額・集計が一致し、二重運用で1か月以上ずれが出ない」など、止める条件を移行の前に決めてください。期間で決めるより、条件で決める方が判断がぶれません。
Q. システム導入の定着はどう測ればよいですか?
A. ログイン数より、入力項目ごとの充足率、旧手段との数字のずれ、利用者からの報告の中身を見るのが有効です。空のままの項目は、入力の手間に見合う得がないサインです。
Q. システム導入は社内だけで進められますか?
A. 小規模なら可能ですが、IPAの調査ではDX推進人材が不足している企業が8割を超えます。要件定義や移行の設計など、決め方を誤ると後戻りが大きい段階だけ外部の支援を使う方法もあります。
まとめ:旧システムは「答え合わせ」が済むまで捨てない
- システム導入は「目的→業務整理→要件定義→選定→構築・テスト→移行・段階稼働→定着」の7段階で進める
- 調査でも、つまずきは稼働と定着に集中する。稼働でつまずくと定着も約7割が失敗する
- 旧システムは新しい側の答え合わせの相手。件数・金額・集計の3点一致を受入テストの合格条件にし、それまで捨てない
- 移行は「入力→計算→旧の降格」の3段移行。利用者が初日から得をする部分を先に移す
- 定着は項目の充足率・新旧のずれ・報告の中身の3指標で見る。「効かない」「空欄」は見え方と速さのサイン
業務改善の全体像は業務改善コンサルティング、ツールの種類別の選び方は業務効率化ツールの選び方をご覧ください。
キュリオシティは、現場の業務可視化から要件定義、移行設計、稼働後の定着までを、現場に入って伴走しています。「導入したが使われていない」「旧システムをいつ止めるか決められない」という段階でも、無料相談からお気軽にご相談ください。
監修者
大槻 伸夫(キュリオシティ株式会社 代表取締役CEO)
現場主義×AIを掲げ、業務改善・BPRとPMIの支援で要件定義から導入後の定着までPMOとして伴走。自社の業務システムも自ら設計・移行し、その記録を支援の方法に還元している。
参考資料
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2025」(2025年6月、PDF 11・18・54ページ) https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/tbl5kb0000001mn2-att/dx-trend-2025.pdf
- 経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」(2018年9月) https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/20180907_02.pdf
- 株式会社オロ「システム導入におけるローンチと定着に関する調査」(2022年12月) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000138.000075257.html
- キュリオシティ株式会社 社内資金繰り管理のWeb移行記録(2026年9〜10月)
