「記録やケアプランの作成、家族・他事業所への連絡に追われ、肝心の利用者と向き合う時間が削られる」——慢性的な人手不足に悩む介護・福祉の現場ほど、生成AIの効果は大きく出ます。一方で、利用者の心身状況という要配慮個人情報の扱い、正確性(ハルシネーション)、ケアの最終判断は専門職が負うという介護ならではの壁があり、設計を誤ると事故や信頼失墜に直結します。
本記事では、介護施設・在宅サービス・地域包括の経営層/管理者/ケアマネ/相談員に向けて、生成AIが効く3業務(記録・ケアプラン下書き・問い合わせ/家族連絡)/介護特有の3つの注意点/厚労省など公的な動き/PoC(試験導入)で小さく始める進め方を、実証データと実装現場の一次情報をもとに整理します。
介護・福祉の生成AIは、記録・ケアプラン・連絡の「下書き」を任せ、機密は事業所内で守り、最終判断は専門職が行う使い方が基本です。
結論:介護の生成AIは「下書き生成→専門職が確認→機密は事業所内で守る」が型
先に結論です。介護・福祉の生成AI活用でつまずくのは、AIの性能ではなく「使い方の設計」です。成功の型は次の3点に集約されます。
- 生成AIは「たたき台」に徹させる。 介護記録・ケアプラン素案・家族連絡文などは、AIに初稿を作らせ、専門職が確認・修正する分業が最も速く安全です。新潟県の介護事業所でNTT版LLM「tsuzumi」を使った実証では、記録業務の効率が56%向上(1件あたり39分→17分)しました(出典:EnterpriseZine(NTT東日本ら))。
- 要配慮個人情報は、そのまま入力しない。 利用者の病歴・障害・ケア内容は、匿名化するか、外部に出さず事業所内・閉域で完結する構成で扱うのが原則です。
- 最終責任は、常に専門職にある。 生成AIは「存在しない事実」をもっともらしく出力します。ケアプランや記録の内容は、ケアマネや介護職が根拠に照らして確認しなければなりません。

介護で生成AIはどの業務に効く?(記録・ケアプラン・問い合わせ)
まず結論として、効果が出やすいのは「話す・書く・調べる」比率が高い介護記録・ケアプラン下書き・問い合わせ/家族連絡の3業務です。ケアそのものではなく、その周辺の記録・文書・連絡の負担を軽くするのが最短ルートです。
介護記録:音声+生成AIで「ながら記録」にする
利用者との会話やケア中の発話を音声入力し、生成AIが介護記録の下書きに整える使い方です。介護ソフト大手のワイズマンは2026年3月、インカムアプリ「BONX WORK」と連携した音声記録AIオプションをリリースし、発話するだけで記録作成を支援する仕組みを提供しています(出典:ワイズマン)。前述のtsuzumi実証では、音声を文字化する「校正」と、食事・排泄・入浴などの項目へ振り分ける「仕分け」を組み合わせ、記録時間を大幅に短縮しました。
ケアプラン:素案(原案)の下書きをAIに作らせる
アセスメント情報をもとに、ケアプランの素案(たたき台)を生成AIに出させ、ケアマネが利用者の意向・生活課題に照らして仕上げる使い方です。ケアプラン作成はケアマネジメントでも負担感の高い業務で、AI活用への期待が高い領域とされます。厚生労働省も在宅サービスを含め、生成AIで計画書の原案を作ることについて実証の必要性を指摘しています(出典:ケアマネドットコム)。ただし素案はあくまで下書きで、個別性の判断は専門職の役割です。
問い合わせ・家族連絡:一次対応と連絡文を効率化する
制度・手順に関する職員からの問い合わせ、家族への連絡文の作成、他事業所との調整文などは、生成AIとRAG(社内文書を検索させてから答えさせる仕組み)の得意領域です。職員が残した短いメモから家族向けの連絡文を生成し、返信を「欠席連絡・服薬変更・体調相談」などに自動分類する介護向けツールも登場しています(出典:PR TIMES(ビズウインド))。仕組みは社内問い合わせチャットボットの作り方とRAG構築の進め方が参考になります。汎用の文書作成の考え方は生成AIで文書作成を効率化も参照してください。
介護・福祉の生成AI活用事例(公開情報より)
事業者・実証 用途 効果・状況 新潟県の介護事業所(NTT東日本ら・tsuzumi) 介護記録の音声校正・項目仕分け 業務効率56%向上(記録 39分→17分) ワイズマン(BONX WORK連携) 発話による介護記録の入力支援 2026年3月リリース おはなリハ ケアマネステーション(つくば市) 支援経過・議事録の作成 月20h→5h(約75%減)/離職率30%→0% ビズウインド(CareTalkAI Clerk) 家族連絡文の生成・返信の自動分類 2026年サービス提供 ※出典:EnterpriseZine・ワイズマン・@Press(おはなリハ)・PR TIMES(ビズウインド)。数値は各社・実証の報告値で、前提整備により変わります。
介護ならではの注意点は?(個人情報・正確性・専門職の判断)
結論から言うと、介護・福祉の生成AIは一般企業と決定的に違う3つの制約を前提に設計します。ここを飛ばすと、効率化どころか漏えい・誤情報・ケアの質低下という事故になります。
要配慮個人情報:匿名化と事業所内完結で守る
利用者の病歴・障害・心身の状況は、個人情報保護法上の要配慮個人情報です。無料版の生成AIなどでは入力内容が再学習に使われる可能性があり、氏名・病名・ケア内容をそのまま入力するのは避けるべきです。対策は、①固有名詞を伏せて匿名化する、②再学習しない設定・法人向けプランを選ぶ、③機密性が高いものは外部に出さず事業所内・閉域で完結させる、の3層です。考え方は生成AIと個人情報保護と社内向け生成AIの構築方法にまとめています。より厳格な要件には閉域網で生成AIを使う方法も選択肢です。
正確性(ハルシネーション):最終判断は専門職の責任
生成AIは統計的にもっともらしい文章を作る仕組みで、存在しない事実・数値・出典を堂々と出力します。前述のtsuzumi実証でも文字化・仕分けの精度は78%で、残りは人の確認が必要でした(出典:EnterpriseZine)。介護記録やケアプランの誤りは、ケアの質と安全に直結します。出力を一次情報で検証する工程は省けません。誤答を減らす設計は生成AIのハルシネーション対策を参照してください。ここは人が最終判断する「Human-in-the-Loop(HITL)」を必ず組み込みます。
ケアの個別性:AIの標準案を鵜呑みにしない
ケアプランやアセスメントは、利用者一人ひとりの生活歴・意向・家族関係を踏まえた個別性が命です。生成AIが出す素案は「平均的にありそうな案」であり、そのまま採用すると画一的なケアになりかねません。AIは選択肢と論点の洗い出しに使い、どのケアを選ぶかは専門職が利用者本位で判断します。この分業設計が、効率化とケアの質を両立させる分かれ目です。
厚労省など公的な動きは?(AIケアプラン・介護DX・補助金)
導入前に、介護分野の公的な動きを確認しておきます。実務で押さえるべきは次の3点です。
- AIケアプランの開発(厚労省):厚生労働省は2017年度からAIによるケアプラン作成支援の開発に取り組み、文章データの分析から試作システムの構築・実証へと段階を進めています。ケアプランデータの利活用に関する調査研究も継続しており、AIは負担軽減の手段、最終判断は専門職という位置づけです(出典:ケアマネドットコム)。
- 介護テクノロジー導入支援事業(令和8年度):記録・申し送りといった間接業務をテクノロジーで効率化し、生まれた時間を直接ケアへ振り向ける「生産性向上」が政策の柱です。補助率は要件充足で最大3/4(協働化等の組み合わせで4/5)に達します(出典:厚生労働省 介護分野における生産性向上ポータル)。生成AI導入に使える補助金は生成AI導入に使える補助金にも整理しています。
- 人手不足という背景:2025年に団塊世代が後期高齢者となり、介護人材の不足が一層深刻化するなか、DX・AI活用は「生存戦略」と位置づけられています。全体の進め方は生成AI導入支援とはも参考にしてください。
失敗しない導入の進め方は?(1業務からのPoC)
結論は、1業務・1書式に絞ったPoC(試験導入)から始めることです。全業務にいきなり広げると、ツール選定とルール整備で止まります。ポイントは3つです。
- 対象を1業務に絞る。 「介護記録の音声下書き」「特定の家族連絡文」「ケアプラン素案」など、件数がまとまり正解が明確な業務から始めます。
- AIに渡す前の文書整備を先に行う。 ひな形・過去事例・チェックリストが整っているほど初稿品質が上がります。発想は業務改善にAIを活用する進め方がそのまま効きます。
- KPIと撤退基準を先に決める。 「作成時間」に加え「専門職の修正率」「重大な誤りの発生件数」を測り、届かなければ見直す線を引きます。PoC設計の型は生成AIのPoCの進め方にまとめています。
キュリオシティの文書AI活用PoC(匿名化した実務知見)
少人数で大量の定型文書と問い合わせを扱う専門サービス業務(介護事務に近い体制)を対象に、書類の「下書き生成」と長文資料の「要約・項目抽出」、問い合わせへの一次回答をAIで支援するPoCを行いました。固定的なプロンプトを与えただけの当初は「それらしいが要件を外した初稿」が頻発しましたが、ひな形・チェックリスト・過去事例を整理し、AIに「与えた資料の範囲で書く」「不確かな点は空欄にして指摘する」という制約を課したところ、初稿の使える割合が実用域(おおむね7〜8割)まで上がりました。最大のつまずきは技術ではなく手前の文書整備——版が混在し暗黙知が言語化されていない書式ほどAIが迷いました。さらに、AIが古い様式・要件を引く事象が一定割合で出たため、「最新の要件は人が一次資料で照合してから確定する」工程を必須にしています。KPIは「作成時間」に加えて「専門職の修正率」を併設し、機密は匿名化のうえ内部で完結、最終確認は必ず有資格者が行う運用としています。
※守秘のため業界・規模・打ち手のみ記載。実名・実数は伏せています。
進め方や費用感の全体像は、生成AI開発・PoC支援にまとめています。事業承継・M&Aで介護事業を引き継いだ後の統合視点は介護・福祉事業のM&A・PMIも参考になります。
介護事業所が今日から始める3ステップ
最後に、明日から動ける順番に落とし込みます。
- 事業所ルールを1枚にする。 「入力してよい情報/だめな情報」「使ってよいサービス」「最終確認の責任者」を明文化します。
- 効果の出る1業務を選び、匿名化してAIに下書きさせる。 まずは介護記録の音声入力か家族連絡文、またはケアプラン素案から。
- 専門職が検証し、修正率を記録する。 「どこをAIが外したか」を残すと、プロンプトとひな形が改善され、回を重ねるほど精度が上がります。
【無料DL】生成AI PoC企画テンプレート
「どの業務から・どんなKPIで・どこまでを目標に始めるか」を1枚で整理できる企画テンプレートを無料で配布しています。要配慮個人情報を扱う介護・福祉の現場で、生成AIをPoCから安全に小さく始めたい方へ。
よくある質問(FAQ)
Q. 介護現場で生成AIを使うと、利用者情報が漏れませんか?
A. 無料版などは入力が再学習に使われる可能性があるため、要配慮個人情報はそのまま入力しません。匿名化する、再学習しない法人向けプランを選ぶ、機密性が高いものは事業所内・閉域で完結させる、の3層で守ります。
Q. ケアプランを生成AIに作らせてよいですか?
A. 素案(たたき台)づくりまでは有効ですが、決めさせてはいけません。利用者の意向・生活課題に照らした個別性の判断と最終責任はケアマネ・専門職が負います(HITL)。
Q. どの業務から始めるのが効果的ですか?
A. 件数がまとまり正解が明確な「介護記録の音声下書き」「家族連絡文」「ケアプラン素案」が入口に向きます。1業務に絞ったPoCから始め、作成時間と専門職の修正率で効果を検証します。
Q. 導入に使える補助金はありますか?
A. 介護テクノロジー導入支援事業(令和8年度)は、要件充足で補助率最大3/4(協働化等で4/5)です。記録・申し送りの効率化による生産性向上が対象の柱で、都道府県ごとに公募状況が異なります。
まとめ:介護・福祉の生成AI活用は「下書き・匿名化/事業所内完結・専門職の判断」で決まる
要点をもう一度整理します。
- 生成AIは「たたき台」に徹させる。 記録・ケアプラン素案・連絡文の初稿をAIに、判断と最終確認は専門職に。
- 要配慮個人情報は匿名化と事業所内完結で守る。 機密性が高いほど閉域で完結させる。
- 正確性は検証で担保する。 誤情報を生む前提で一次情報に当たり、責任は常に事業所・専門職にある。
記録・連絡の負担が重い介護・福祉の現場ほど、生成AIは利用者と向き合う時間を生み出します。だからこそ「いきなり全面導入」ではなく、1業務のPoCから・ルールを決めて・検証しながら広げるのが、人手不足の負担軽減とケアの質の両立への近道です。まずは小さく、確実に前へ進めましょう。
監修:大槻 伸夫(キュリオシティ株式会社 代表取締役CEO)。現場主義 × AI を掲げ、生成AI・PoC・業務改善(BPR)支援を統括。事業会社や専門サービス事業者の業務改善とAI活用の実装を一気通貫で支援している。
