「うちの会社は、いくらで売れるのだろう」——会社売却を考え始めた経営者が、最初に、そして最後まで気にするのがこの問いです。ネットで「会社売却 相場」と調べると、年買法やEBITDA倍率といった言葉が並びますが、数式だけを見ても、自社の値段が上がるのか下がるのかは分かりません。そして落とし穴は、多くの経営者が「提示された金額」を自分の取り分だと思い込んでしまうことにあります。
本記事では、会社売却の相場と企業価値の決まり方を、「売る側」の視点で整理します。中小企業庁の公的な考え方と、私たちがPMI(買収後統合)・経営支援・業務改善(BPR)の現場で見てきた買い手側・承継後の一次知見を重ね、「相場をどう読み、どうすれば自社の価格が上がり、最後にいくら手元に残るのか」を具体的にお示しします。
会社売却の相場はいくら?——結論は「時価純資産+営業利益2〜5年分」
先に結論です。中小企業の会社売却では、「時価純資産 + 営業利益(正常収益)の2〜5年分」が価格の目安として最も広く使われます(=年買法)。ただしこれは固定の相場ではなく、収益の再現性・将来性・属人性の低さで、加算する年数は大きく上下します。
「相場」を一枚の表で俯瞰すると、次のようになります。あくまで目安であり、最終価格は交渉で決まる点にご注意ください。
| 見方 | 価格の考え方 | 中小での目安 |
|---|---|---|
| 年買法(年倍法) | 時価純資産 + 営業利益 × 年数 | のれん年数は2〜5年が中心(高収益は7〜10年、競争激烈は1〜2年も) |
| EBITDA倍率(EV/EBITDA) | 事業価値 = EBITDA × 倍率 | 買い手の投資回収基準として3〜5倍前後を置くことが多い |
| 純資産ベース | 時価純資産 | のれんゼロ=下限の目安 |
この記事では、この目安が「なぜその金額になるのか」「どうすれば上がるのか」「手数料と税金を引いた手取りはいくらか」を順に掘り下げます。価格の全体像より先に売却の進め方(検討〜成約の流れ)を押さえたい方は、事業承継としてのM&Aの進め方から俯瞰してください。
なぜ「決まった相場」は存在しないのか?
まず前提を共有します。会社売却に、株価や不動産のような「決まった相場」はありません。最終価格は、売り手と買い手の交渉で決まります。同じ業種・同じ利益額でも、成約価格が倍近く違うことは珍しくありません。
理由はシンプルで、会社の価値は「過去の資産」だけでなく「その利益が買収後も続くか」という将来の期待で決まるからです。買い手にとっての価値は「この会社を買えば、将来どれだけのキャッシュを生むか」。だから同じ利益でも、社長依存で回っている会社と、仕組みで回っている会社では、値段がまったく違ってきます。
中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月改訂)も、特定の算定式を「正解」とは定めていません。だからこそ売り手は、複数の評価の考え方を知り、自社にとって有利な物差しで語れるかが問われます。「相場はいくらか」ではなく「自社の価値をどう説明するか」——これが売り手の主戦場です。
企業価値はどう評価する?——3つのアプローチ
企業価値の評価方法は、大きく3つのアプローチに分かれます。それぞれ「何を根拠に価値を測るか」が違い、中小M&Aでは実務上、これらを折衷した年買法が起点になることが多いです。
| アプローチ | 代表的な手法 | 何を見るか | 中小での使われ方 |
|---|---|---|---|
| コストアプローチ | 時価純資産法 | 今ある純資産(ストック) | 価格の下限の目安。堅実だが将来性は反映しにくい |
| インカムアプローチ | DCF法 | 将来生むキャッシュ(フロー) | 理論的だが前提次第で変動。中小では簡易版に留まることも |
| マーケットアプローチ | 類似会社比較法/EV/EBITDA倍率 | 同業の取引・株価と比較 | 倍率の「相場観」に使う。中小では事例が少なく参考値 |
売り手が押さえるべきは、「純資産(ストック)だけで語られると安くなる」ということです。純資産法は堅実ですが、あなたの会社の「稼ぐ力」や「将来性」を価格に乗せてくれません。稼ぐ力を数字で語れるようにしておくことが、インカム/マーケットの評価(=のれん)を引き出す鍵になります。自社の収益構造を整理する視点は財務分析の手法も参考にしてください。
中小M&Aで主流の「年買法(年倍法)」とは?
中小企業の会社売却で最もよく使われるのが年買法(年倍法)です。計算式は次のとおりで、売り手はこれを知っておくだけで提示額の内訳を読み解けます。
売却価格 ≒ 時価純資産 + 営業利益(正常収益)× 年数(2〜5年)
ここで加算する「営業利益 × 年数」の部分が、いわゆるのれん(営業権)です。将来にわたって稼ぐ力を、何年分先取りして価格に乗せるか——それがのれん年数です。
簡単な試算で感覚を掴みましょう(数値は説明用の例です)。自社の規模に当てはめる目安として、小規模・中規模の2例で「手取り」まで概算します。
| 規模の例 | 時価純資産 | 正常収益 | のれん年数 | 売却価格(目安) | 手数料・税引後の手取り感 |
|---|---|---|---|---|---|
| 小規模 | 3,000万円 | 1,500万円 | 3年 | 約7,500万円 | 手数料(最低報酬)+約20.315%課税を引くと5,000万円台 |
| 中規模 | 1億円 | 3,000万円 | 3年 | 約1億9,000万円 | 同様に引くと1億4,000万〜1億5,000万円規模 |
中規模の例(時価純資産1億円・正常収益3,000万円・のれん3年)なら、1億円 + 3,000万円 × 3年 = 1億9,000万円。同じ会社でも、のれん年数が2年なら1.6億円、5年なら2.5億円です。のれん年数が1年動くだけで、価格は営業利益1年分(この例なら3,000万円)動くわけです。つまり「相場を上げる」とは、突き詰めれば「のれん年数を伸ばす」こと。次章以降の要因が、そのままここに効いてきます(手取りの計算は後述の「手数料と税金」の章で詳しく扱います)。
なお、ここでいう営業利益は帳簿の数字そのままではなく、正常収益(ノーマライズ後の利益)です。過大な役員報酬、私的な交際費、一過性の損益などを実態に合わせて調整し、「買い手が引き継いだ後に実際に残る利益」に直します。この調整を売り手側で先にやっておくと、価格の説明力が一気に上がります。
EBITDA倍率(EV/EBITDA)はどう見る?——「業界平均◯倍」の罠
もう一つよく耳にするのがEBITDA倍率(EV/EBITDA)です。EBITDA(利払い・税・減価償却前利益)に一定の倍率を掛けて事業価値を出す考え方で、中小の買い手は「3〜5年で投資を回収できるか」を基準に、EV/EBITDAで3〜5倍前後を可否の目安に置くことが多いとされます。
なお注意点として、「EBITDA倍率n倍=n年で回収」ではありません。EV(事業価値)には純有利子負債が含まれ、EBITDAは税・設備投資・運転資本の増減を反映しない利益なので、倍率と回収年数はあくまで簡便な近似です。倍率は「相場観のあたり」を付ける道具と割り切ってください。
各H2の結論を先に言えば、「業界平均◯倍だから、うちも◯倍で売れるはず」という当てはめは危険です。ここは、売り手が最も足をすくわれるポイントです。
私たちが買い手側の統合支援(PMI)に入っていて何度も見てきたのは、次の構図です。売り手が「業界平均5倍」といった一般論を信じて希望額を作る → いざデューデリジェンス(DD)に入ると、利益の一部が一過性だったり、特定顧客・特定社員に依存していたりが露呈する → 買い手は「その利益は続かない」と判断し、倍率(=のれん年数)を削る → 希望額と査定額の大きなギャップに、売り手が交渉終盤で直面する。倍率そのものより、「その利益がどれだけ確実に続くか」で買い手は値をつけているのです。
体感として、こうした準備不足の案件では、買い手の提示額が売り手の当初希望額の6〜8割あたりに着地することが少なくありません。特に削られやすいのが、売上が数社の大口取引先に偏っている会社(1社が抜けると利益構造が崩れる)と、受注が創業者個人の人脈・営業力に依存している会社(=属人化)です。逆に、正常収益と取引の継続性をあらかじめ資料で示せていた売り手は、このギャップがほとんど生じません。倍率を語る前に「利益の続く根拠」を用意できているかが、査定の初速を分けます。
だからこそ、EBITDA倍率は「相場観のあたり」を掴む道具として使い、自社の数字を正常収益にノーマライズし、その利益が続く根拠(取引の継続性・顧客の分散・仕組み化)を語れるようにしておくことが、結果的に高い倍率を引き出します。
相場を左右する要因は?——価格が上がる会社・下がる会社
会社売却の価格(のれん年数)を実際に上下させる要因は、ほぼパターンが決まっています。私たちが買い手・PMI側で「ここで値を下げる/下げられる」と見てきた論点を、「相場を削る4つの理由」として整理しました。裏を返せば、これらを先に潰せば相場は上がります。
| 相場を削る4つの理由 | 買い手がこう見る | 売り手の打ち手(相場を上げる) |
|---|---|---|
| ①属人化(社長・特定社員依存) | 「その人が抜けたら回らない」=将来利益が不確実 | 手順書化・多能工化で「仕組みで回る会社」に |
| ②収益の再現性が低い | 一過性の利益・特定顧客依存=続かない | 正常収益を明示し、取引の継続性・顧客分散を示す |
| ③簿外リスク | 未払い残業・名義株・係争=買収後の地雷 | DDで出る前に開示・整理し、減額の口実を消す |
| ④情報の非開示 | 「管理が甘い会社」=リスク割引 | 決算・契約・許認可を聞かれる前に出せる状態に |
特に効くのが①属人化の解消です。買い手は「社長がいなくても回るか」を必ず見ます。判断基準やノウハウが社長の頭の中にしかない会社は、それだけでのれん年数を削られます。属人化のほどき方は業務の属人化を解消する進め方にまとめています。
逆に相場を押し上げるのは、買い手にとってのシナジーです。「この会社を自社に組み込めば、単独では出せない売上・コスト削減が生まれる」と買い手が判断すれば、のれん年数は伸びます。どんなシナジーが評価されるかはM&Aシナジーの創出方法を参照してください。売り手は「誰に売れば自社の価値が最も高く評価されるか(=シナジーの相手)」を意識すると、同じ会社でも高く売れます。
現場での一次知見:買い手側で査定に立ち会うと、下がる会社の理由は驚くほど共通しています。上の4つがほぼ全て。逆に言えば、売り手が引退の数年前からこの4点を整えておくだけで、査定の初速がまるで違います。磨き上げは、そのまま「のれん年数」への投資なのです。
提示額はそのまま手元に残らない——手数料と税金で「手取り」を見る
ここが、相場の話で最も見落とされがちで、しかし最も重要な点です。買い手が提示する「企業価値(売却価格)」と、あなたの手元に最終的に残る「手取り」は別物です。私たちは売り手に、価格を「手取りで考える3ステップ」で見るようお伝えしています。
- 売却価格(企業価値)を把握する:年買法・EBITDA倍率で提示される総額。ここが「相場」で語られる金額。
- 仲介・FA手数料を引く:成功報酬は取引金額に応じて料率が下がる階段状のレーマン方式が一般的で、最低報酬額(数百万円規模)を設ける会社も多い。小規模案件ほど、最低報酬が手取りに重くのしかかります。手数料体系はM&A支援機関登録制度の公式サイトで各社比較できます。
- 税金を引く:株式譲渡で個人株主が受け取る譲渡所得には、約20.315%(所得税・住民税・復興特別所得税)が課されるのが原則です。
つまり「2億円で売れた」としても、手数料と税金を引いた手取りはそれより相応に小さくなります。「いくらで売れるか」ではなく「いくら手元に残るか」——買い手側で交渉を見ていると、この視点で握れていない売り手ほど、最終盤で「思ったより残らない」と動揺し、交渉がこじれます。相場を調べる段階から、必ず手取りベースで考えてください。
なお、価格に乗る「のれん」は、買い手側では買収後に会計上の資産として計上され、業績次第で減損の対象になります。売り手が過度に高いのれんを押し込むと、買い手はそのリスクを警戒します。のれんの仕組みはのれんの減損とは?で解説しています。
会社売却の相場でよくある誤解と失敗
最後に、相場をめぐって売り手がつまずきやすいパターンを、買い手/PMI側で見てきた実感からまとめます。
| よくある誤解・失敗 | 何が起きるか | 回避策 |
|---|---|---|
| 「業界平均◯倍」を鵜呑みにする | 希望額が独り歩き→DDで査定額と乖離 | 自社の正常収益と継続性で語る |
| 純資産だけで値踏みする | 稼ぐ力(のれん)が価格に乗らず安売り | 収益の再現性を数字で説明する |
| 提示額=手取りと思い込む | 手数料・税引後で「残らない」と後悔 | 手取りベースで判断する |
| 磨き上げをせず交渉入り | 属人化・簿外リスクでのれん年数を削られる | 引退の数年前から4点を整備 |
| 価格の最大化だけを追う | 雇用・事業継続を軽視し承継が失敗 | 手取りと「売った後」の両面で相手を選ぶ |
相場は「調べるもの」であると同時に、「自社で作るもの」です。準備次第で、同じ会社の価格は大きく変わります。売却後に価値を流出させない引継ぎ(PMI)まで含めた考え方はPMI(買収後統合)とは?、承継後の経営の勘所は事業承継後の経営で最初にやることを、経営面の整理は経営支援コンサルティングをご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 会社売却の相場はいくらですか?
A. 固定の相場はありません。中小M&Aでは「時価純資産+営業利益(正常収益)の2〜5年分」の年買法が目安です。収益の再現性・将来性・属人性の低さで、加算する年数(のれん)が上下します。
Q. 年買法とEBITDA倍率は何が違いますか?
A. 年買法は「時価純資産+営業利益×年数」で価格の総額を出す考え方、EBITDA倍率(EV/EBITDA)はEBITDAに倍率を掛けて事業価値を出し「何年で投資回収できるか」を見る考え方です。中小では年買法が起点、EBITDA倍率は相場観のあたりを付ける道具として併用されます。
Q. 会社を高く売るにはどうすればいいですか?
A. のれん年数を伸ばすことです。具体的には、属人化の解消・正常収益の明示・簿外リスクの整理・情報開示という4点で「買った後も利益が続く会社」に見せること。加えて、自社にシナジーを感じる相手に売ると評価が上がります。
Q. 「業界平均5倍」で計算した金額で売れますか?
A. 鵜呑みは危険です。倍率は目安に過ぎず、買い手は「その利益が続くか」で値をつけます。DDで一過性の利益や特定依存が出ると倍率(のれん年数)が削られ、希望額と査定額が乖離します。自社の数字を正常収益に直し、継続性を語れるようにしておくことが大切です。
Q. 提示された金額がそのまま手元に残りますか?
A. 残りません。売却価格から、レーマン方式の仲介・FA手数料(最低報酬額あり)と、株式譲渡なら譲渡所得への約20.315%の課税が差し引かれます。相場は必ず「手取り」で考えてください。
Q. 自社のおおよその価格を無料で知る方法はありますか?
A. 全国の事業承継・引継ぎ支援センター(公的窓口・無料)や、M&A支援機関登録制度に登録された仲介・FAで簡易査定を受けられます。複数の見方で査定を取り、金額の根拠(のれん年数の前提)まで確認すると、提示額を客観視できます。
会社売却の相場は、調べて終わりではなく、準備によって自分で動かせるものです。年買法やEBITDA倍率という「物差し」を理解し、のれん年数を削る要因を先に潰し、最後に手取りで判断する——この順序が、足元を見られず、社員と事業も守るための考え方です。
本記事の監修者・大槻伸夫(キュリオシティ株式会社 代表取締役CEO)は、M&A後のPMI(買収後統合)・経営支援・業務改善(BPR)の現場で、主に買い手側・承継後の統合を数多く支援してきました。だからこそ「買い手はどこで価格を上げ、どこで下げるのか」を、買う側の目線から具体的にお伝えできます。自社の価値の高め方や売却の進め方でお悩みの方は、無料相談からお気軽にご相談ください。
