「業務フロー図は描けたが、”どこで時間が溶けているのか”が分からない」——工程改善の相談で、最もよくいただく行き詰まりです。作業の順番は見えても、各工程の”待ち”がどれだけリードタイムを食っているかは、フロー図だけでは見えてきません。
バリューストリームマッピング(VSM)とは、モノと情報の流れを1枚に描き、リードタイム全体のうち”実際に価値を生んでいる時間(付加価値時間)”がどれだけかを可視化する手法です。リーン生産方式で生まれ、現在は製造だけでなく事務・間接業務の改善にも広く使われています。
この記事では、VSMの意味と業務フロー図との違いから、時間指標の測り方、現状マップ→将来マップの描き方(5ステップ)、そしてBPR実務での匿名事例までを、”現場主義 × AI”の視点で整理します。
この記事の監修:大槻 伸夫(キュリオシティ株式会社 代表取締役CEO)。”現場主義 × AI”を掲げ、製造・商社・金融など複数業種で業務改善(BPR)・PMI・生成AI導入を支援。現場に入り、業務の可視化・課題抽出から改善の定着・AI化まで一気通貫で伴走している。
1. 結論:VSMは「リードタイムのうち付加価値時間の割合」を可視化する
先に結論です。VSMのゴールは、きれいな図を描くことではなく、「リードタイム全体のうち、価値を生んでいる時間がどれだけ少ないか」を数字で突きつけることにあります。多くの工程では、リードタイムの大半が”待ち”であり、付加価値時間はごく一部です。ここを1枚で見せるのがVSMの最大の効きどころです。
VSMの進め方は、大きく次の4つに集約できます(Asana/Lucidchartなどリーン系の解説も同趣旨)。
- ① 現状マップを描く:モノと情報の流れを1枚にし、各工程の時間を乗せる
- ② ムダを見つける:付加価値を生まない”待ち・手戻り・在庫”を特定する
- ③ 将来マップを描く:待ちを圧縮した”あるべき流れ”を設計する
- ④ 移行計画を実行する:将来マップへ近づける改善を実行・定着させる
この考え方は、トヨタ生産方式のマッピング手法を初めて体系化した書籍『Learning to See』(Mike Rother・John Shook, Lean Enterprise Institute)で確立されました。現状(Current State)から将来(Future State)へ、という2枚1組の設計が核です。
なお、VSMは業務改善全体の一手法です。全体像は業務改善の進め方5ステップ、改革の考え方はBPRとは?業務改善との違いと進め方を先にご覧いただくと位置づけが分かります。
2. バリューストリームマッピング(VSM)とは?業務フロー図と何が違う?
VSMは「モノと情報の流れ+時間軸」を描く手法で、作業手順の分岐を描く業務フロー図とは目的が異なります。フロー図が「誰が・何を・どの順で」を示すのに対し、VSMは「どこで・どれだけ時間が溶けているか」を示します。
| 観点 | 業務フロー図 | バリューストリームマッピング(VSM) |
|---|---|---|
| 主に描くもの | 作業の順序・分岐・担当 | モノと情報の流れ+時間 |
| 見たいこと | 手順・役割の抜け漏れ | リードタイムと付加価値時間の比率 |
| 時間の扱い | 通常は描かない | 工程ごとに時間を必ず乗せる |
| ゴール | 手順の標準化・可視化 | ムダ(待ち・在庫・手戻り)の削減 |
つまり、フロー図で「流れ」を押さえたうえで、VSMで「時間」を乗せる、という順に使うと噛み合います。業務そのものの見える化がまだの場合は、先に業務可視化のやり方を土台にしてください。
3. VSMで測る時間指標|リードタイム・プロセスタイム・付加価値の切り分け
VSMの心臓部は、時間を「価値を生む時間」と「生まない時間」に分けて測ることです。使う指標は次の3つに整理できます。
| 指標 | 意味 | VSMでの位置づけ |
|---|---|---|
| リードタイム(LT) | 依頼が入ってから完了するまでの総時間 | 全体の長さ。短くしたい対象 |
| プロセスタイム(PT) | 実際に手を動かして作業している時間 | 付加価値時間の候補 |
| 待ち時間(WT) | 承認待ち・資料待ち・在庫として滞留する時間 | 非付加価値=削るべきムダ |
関係は リードタイム(LT) = プロセスタイム(PT) + 待ち時間(WT) です。VSMでは各工程の下に”のこぎり波”のようなタイムラインを引き、山(作業)と谷(待ち)を分けて描きます。

ここで見るべきは、PTの速さではなく、LT全体に対してPTがどれだけ小さいかです。作業を速くしても、待ちが8割を占めていればリードタイムはほとんど縮みません。「速く作業する」より「待ちをなくす」ほうが効く——これがVSMが数字で突きつける事実です。この視点は7つのムダの「手待ち・在庫・運搬」と対応します。
4. バリューストリームマッピングのやり方【5ステップ】
VSMは、次の5ステップで進めます。現状マップと将来マップを2枚1組で描くのが型です。

STEP1:対象の製品・サービスファミリーを1つに絞る
いきなり全業務を描こうとすると挫折します。まずは代表的な1本の流れ(例:受注から出荷まで、申請から承認完了まで)に絞ります。似た流れをまとめた単位を”ファミリー”と呼びます。
STEP2:現状マップ(Current State)を描く
対象の流れを、左から右へ工程順に並べます。工程の箱の下に「担当・処理時間・件数」を書き込み、工程と工程の間に待ち時間・滞留在庫を書き加えます。情報の流れ(指示・システム連携)も上部に描きます。
STEP3:各工程の時間を測る
現状マップに、実測したプロセスタイム(PT)と待ち時間(WT)を乗せます。ログが取れる工程はシステムの実データで、手作業は担当者に1週間実績を記入してもらうか、代表1件を実測します。体感でなく事実で測るのがコツです(→業務の現状分析(As-Is)のやり方)。
STEP4:ムダ(非付加価値)を特定する
タイムラインの”谷”=待ち・在庫・手戻りを洗い出します。特に部門をまたぐ引き継ぎでリードタイムが伸びていないかを見ます。付加価値を生まない時間が、削減の第一候補です。
STEP5:将来マップ(Future State)と実行計画を描く
ムダを圧縮した”あるべき流れ”を将来マップとして描き、現状との差を埋める改善を計画します。打ち手の型はECRS(排除・結合・交換・簡素化)で、まず「その待ち・在庫はなくせないか(排除)」から検討します。
5. 現場の実例|付加価値時間はリードタイムの一部でしかなかった
私たちが大手企業グループの事務・管理部門でBPR支援に入った際、ある申請〜承認完了の流れをVSMで可視化しました(守秘のため業界・規模・概要のみ。実名・実数は非開示)。
驚いたのは、関係者が「忙しい」と感じていた実作業(プロセスタイム)の合計は、リードタイム全体のごく一部(体感で1割前後)にすぎなかった点です。残りの大半は、部門をまたぐ承認待ち・差し戻し・資料の到着待ちといった”谷”でした。つまり、担当者がどれだけ速く処理しても、リードタイムはほとんど縮まない構造だったのです。
そこで将来マップでは、作業を速くするのではなく、「待ちそのものをなくす/並行させる」方向で設計しました。具体的には、直列だった承認を条件つきで並行化し、金額の小さい案件の承認段階を削り、部門間の引き継ぎ回数を減らす、といった打ち手です。結果として、実作業時間はほぼ変えないまま、申請〜完了のリードタイムを大きく圧縮できました(相対値。実数は非開示)。
この事例が示すのは、“どこが遅いか”は現場の体感とズレるということです。体感で改善対象を決めていたら、1割の作業時間を削りにいって、9割を占める”待ち”を見逃していたはずです。VSMのように時間を分けて描いて初めて、打ち手が正しい場所に向きます。同種の成果イメージは業務改善の事例集もあわせてご覧ください。
なお、近年はこの可視化そのものをAIで速める余地も大きくあります。ヒアリングの文字起こしから工程と時間の候補を拾ったり、システムログを生成AIで要約したりと、初速は上げられます。ただし「その待ちは本当にムダか」を判断するのは人間です。AIは下ごしらえを速める道具であり、意思決定を置き換えるものではありません。
6. VSMでよくある失敗と回避策
- 図を細かく描きすぎる:全工程を精緻に描こうとして完成しない。→ まず1ファミリー・A3一枚で粗く描き切る。
- 時間を乗せずに終わる:フロー図と変わらず、リードタイムが見えない。→ PTとWTを必ず数字で入れる。VSMの価値は時間にある。
- プロセスタイムばかり削る:作業を速くすることに注力し、待ちを放置する。→ LTに占めるWTを先に見る。
- 現状マップだけで終わる:ムダを挙げて満足し、将来マップを描かない。→ 現状と将来は2枚1組。差分が実行計画になる。
- 現場を置き去りにする:上から「待ちを消せ」と指示する。→ 現場と一緒に測り、なぜ待ちが生まれるかを共有する。
抜本的に部門をまたぐ分断を作り直す段階になれば、部分改善を超えたBPR(業務改革)の視点が必要です。VSMで限界が見えたら、一段上の設計に切り替えます。
7. よくある質問(FAQ)
Q. バリューストリームマッピングと業務フロー図の違いは?
A. 業務フロー図は作業の順序・分岐・担当を描く手法で、VSMはモノと情報の流れに”時間”を乗せて、リードタイムのうち付加価値時間がどれだけかを可視化する手法です。フロー図で流れを押さえ、VSMで時間を乗せる、という順で使うと噛み合います。
Q. VSMで最初に見るべき指標は?
A. リードタイム(LT)に占める付加価値時間(プロセスタイム)の割合です。多くの工程ではLTの大半が待ちで、作業を速くしてもLTは縮みません。まず「どれだけ待ちがあるか」を数字で見ます。
Q. 事務・間接業務でもVSMは使える?
A. 使えます。もともとは製造現場の手法ですが、申請〜承認、受注〜請求などの流れは”待ち”が大きく、VSMの効果が出やすい領域です。処理時間より承認待ち・資料待ちの滞留を可視化すると改善余地が見えます。
Q. VSMは何で作図すればよい?
A. 検証段階ならExcelや汎用の作図ツール(Lucidchart等)で十分です。まずA3一枚に手描きで粗く描き、時間を乗せてから作図ツールに清書する順が現実的です。最初から高価な専用ツールは不要です。
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監修:大槻 伸夫(キュリオシティ株式会社 代表取締役CEO)
現場主義 × AI を掲げ、製造・商社・金融など複数業種で業務改善(BPR)・PMI・生成AI導入を支援。事業会社の現場に入り込み、業務の可視化・課題抽出から改善の定着・AI化までを一気通貫で伴走している。
