※本記事は2026年10月時点の公開情報(内閣官房・経済産業省・厚生労働省『ジョブ型人事指針』2024年8月28日、労働契約法)と、当社が2026年10月に自社の等級・評価・報酬制度を設計し直した記録にもとづきます。個人の給与・単価・率表の数値は伏せ、構造と比率で示します。法的な判断は社会保険労務士・弁護士にご確認ください。
「ジョブ型に変えるべきか」「大企業の事例を読んでも、うちの規模でどうやるのかが分からない」——経営支援の現場で、組織人事について最もよく聞く相談の一つです。
ジョブ型人事制度は、目的と範囲→職務定義→等級→報酬→評価→移行の順に、給与の一部から入れるのが中小企業の現実解です。
当社(十数名・コンサル/SES)も2026年10月、自社の等級・評価・報酬を一から設計し直しました。採ったのは純粋なジョブ型ではなく、給与を「できること」「担っている仕事の値段」「伸びたこと」の3つに分け、2つ目だけを仕事に連動させる形です。設計の途中では、昇格した人の月給が、昇格しなかった場合より約7%低くなる逆転や、規程と給与計算の式のずれなど、制度の中身とは別のところで事故の芽が見つかりました。
この記事では、ジョブ型とメンバーシップ型の違い、政府の『ジョブ型人事指針』が言っていること、当社が使った「払う理由の3分割」、導入の6ステップ、そして移行で見つかった落とし穴を順に解説します。
ジョブ型人事制度とは?メンバーシップ型と何が違う?
ジョブ型は「仕事に人を当てる」制度、メンバーシップ型は「人に仕事を当てる」制度です。違いは採用・異動・等級・給与のすべてに及びますが、根っこは「給与の根拠が仕事か人か」の一点です。
ジョブ型では、職務(ジョブ)ごとに役割・責任・必要なスキルを定義し、その職務の大きさや市場価格で処遇を決めます。メンバーシップ型では、会社の一員として採用し、配置は会社が決め、処遇は勤続や能力の伸び(職能)で上がっていきます。
| 観点 | ジョブ型 | メンバーシップ型 |
|---|---|---|
| 出発点 | 仕事を先に定義し、人を当てる | 人を先に採り、仕事を割り当てる |
| 採用 | 職務ごとの経験者採用が中心 | 新卒一括採用が中心 |
| 異動 | 本人の応募・合意が前提(社内公募など) | 会社主導の異動・転勤 |
| 等級の根拠 | 職務の大きさ(職責) | 能力・勤続(職能) |
| 給与の根拠 | 職務の値段(職務給) | 人の能力・年次(職能給) |
| 強み | 専門人材を採りやすい・処遇を説明しやすい | 柔軟な配置・長期育成がしやすい |
| 弱み | 職務定義の維持に手間・配置転換しにくい | 年功化しやすい・専門人材の処遇が難しい |
日本企業では、両者の中間として「役割等級」(担っている役割の大きさで等級を決める)を採る会社も多くあります。等級制度の3類型(職能・職務・役割)の選び方は人事評価制度の作り方|等級・評価・報酬をつなぐ設計手順で整理しています。この記事は、すでにある制度を「ジョブ型へどこまで、どう寄せるか」という移行の観点に絞ります。
政府の「ジョブ型人事指針」は何を求めている?
指針は「全社一律でジョブ型にせよ」とは言っていません。導入済み20社の事例を示したうえで、「自社のスタイルに合った導入方法を各社が検討できることが大切」としています。
2024年8月28日、内閣官房・経済産業省・厚生労働省は『ジョブ型人事指針』を公表しました。三位一体の労働市場改革の一環で、冒頭では「個々の企業の実態に応じたジョブ型人事の導入を進める」としています(出典:内閣官房ほか『ジョブ型人事指針』)。
指針が20社の事例で整理している論点は、次の5つです。
- 制度の導入目的、経営戦略上の位置付け
- 導入範囲、等級制度・報酬制度・評価制度等の制度の骨格
- 採用、人事異動、キャリア自律支援、等級の変更等の雇用管理制度
- 人事部と各部署の権限分掌の内容
- 労使コミュニケーション等の導入プロセス
中小企業が読むときに役立つのは、大企業でも「段階的に入れている」「職務記述書は最初から完璧を求めていない」点です。指針に掲載された大手IT企業は、管理職に先行導入してから2年後に非管理職へ広げ、職務記述書は「最初から完成度の高さは求めず」、使いながら磨く方針を取っています。数万人規模でも段階導入なのですから、十数名〜数百名の会社が一度に全部を変える必要はありません。
中小企業は全部ジョブ型にすべき?——「払う理由の3分割」で決める
全部をジョブ型にする必要はありません。給与を「できること」「担っている仕事の値段」「伸びたこと」の3つに分け、どれを仕事に連動させるかを決めるのが、中小企業の現実的な落とし所です。
当社はこれを「払う理由の3分割」と呼んでいます。給与を払う理由ごとに部品を分け、同じ成果に二度払わないための考え方です。

※号俸(ごうほう)=同じ等級の中の給与の刻み。評価に応じて1号ずつ上がります。
当社がこの形にした理由は3つです。
- 職務が案件ごとに変わる:コンサル/SESでは、同じ人でも担当案件が変われば仕事の中身も値段も変わります。職務記述書を職務ごとに書くと案件の数だけ必要になり、維持できません。
- 若手中心で「育てる」前提:純粋な職務給にすると、同じ仕事を続ける限り若手の給与が上がりません。基本給は「できること」で上がる道を残しました。
- 仕事の値段に連動する部分はすでにあった:担当案件の単価帯で率が決まる業績手当がもともとあり、社員にも浸透していました。ジョブ型の要素はここに集め、壊さずに規程として文書化する方針にしました。
案件単価がない会社では「仕事の値段」をどう決める?
製造・小売・サービス業のように案件単価がない会社は、職務評価で職務を段階に分け、段階ごとに職務手当の額を決める表で「仕事の値段」を置き換えます。
| 業種の例 | 「仕事の値段」の決め方 | 例 |
|---|---|---|
| コンサル/SES・受託 | 担当案件の単価帯 | 単価帯ごとの率で業績手当 |
| 製造業 | 職務評価で段階化 → 職務手当表 | 設備保全の主担当/品質保証責任者 |
| 小売・サービス業 | 役割の段階 → 役割手当表(役割等級寄りの方法) | 店長/エリア担当/教育担当 |
| 管理部門 | 責任範囲で段階化 → 職務手当表 | 経理の決算責任者/労務の主担当 |
職務を段階に分ける方法(職務評価)には、主に次の4つがあります。中小企業なら、最初は分類法か点数法の簡易版で十分です。
| 手法 | やり方 | 向いている会社 |
|---|---|---|
| 序列法 | 職務同士を比べて大きい順に並べる | 職務数が十数個以下 |
| 分類法 | あらかじめ決めた段階の定義に当てはめる | 職種がはっきり分かれている |
| 要素比較法 | 基準となる職務と要素ごとに比べる | 職務数が多く、精度が要る |
| 点数法 | 責任・難易度・影響範囲などに点数を付けて合計する | 説明責任を重視したい |
基本給まで職務給に置き換えるか、当社のように「できること」で残すか、役割等級で中間を取るかは、職務がどれだけ安定しているかで決めます。職務が安定している会社ほど職務給の割合を増やせ、職務が頻繁に変わる会社ほど手当で切り出す形が向いています。
ジョブ型人事制度の導入はどう進める?【6ステップ】
目的と範囲を決め、職務を棚卸しして簡素に定義し、等級→報酬→評価の順に組み、最後に移行を試算して規程を整えます。移行の試算を最後に回すと手戻りが出るため、等級と報酬を決めた時点で一度試算します。
| ステップ | やること | 中小企業での落とし所 |
|---|---|---|
| 1. 目的と範囲 | 何のために入れるか、どの職種・層から入れるか | 専門職や管理職など効果が見えやすい層から |
| 2. 職務の棚卸しと定義 | 仕事を洗い出し、職務ごとに役割・責任・スキルを書く | 1職務A4半分から。完璧を目指さない |
| 3. 等級 | 職務評価で職務を段階に並べる | 5〜6段階程度、職種別に定義を分ける |
| 4. 報酬 | 等級ごとのレンジと、仕事の値段に連動する部分を決める | 全額を職務給にせず手当で切り出す方法もある |
| 5. 評価 | 職務の期待成果と行動をどう測るか | 目標管理と組み合わせ、年2回程度で回す |
| 6. 移行と規程 | 新旧の差額を試算し、調整給・規程改定・説明を組む | 現社員で何年分か試算し、逆転や下限割れを洗い出す |
Step1〜2:目的を決め、職務を棚卸しして簡素に書く
ジョブ型の目的は会社によって違います。専門人材を採りたいのか、年功的な昇給を止めたいのか、若手を抜てきしたいのか。目的が違えば、入れる範囲も変わります。
職務の定義は、いきなり書き始めるより仕事の棚卸しから入るほうが抜け漏れが出ません。手順は業務棚卸しの手順|抜け漏れない洗い出し方、役割の重複と抜けの整理は業務分掌の作り方が使えます。職務記述書は、最初は次の6項目・A4半分で十分です。
| 項目 | 書く内容の例(経理の決算担当) |
|---|---|
| 職務名・等級 | 経理(決算担当)・3等級 |
| 目的 | 月次・年次決算を期日どおり正確に締める |
| 主な責任 | 月次決算の取りまとめ、税理士との連携、勘定科目の整備 |
| 成果の測り方 | 締め日数、修正仕訳の件数、監査指摘の件数 |
| 必要なスキル・経験 | 簿記2級相当、月次決算の実務経験 |
| 権限 | 一定額までの仕訳の承認、経理規程の改定提案 |
Step3〜5:等級→報酬→評価の順に組み、歯止めを入れる
ジョブ型では、等級は「この職務はどれだけ大きいか」の物差しです。ただし当社は職務が案件ごとに変わるため、等級は「できること」で決め(6等級、職種別スキル定義7領域×5段階)、仕事の大きさは業績手当の側で反映しています。報酬のレンジは社内だけで決めず、同業の求人相場や厚生労働省の賃金構造基本統計調査など、外部の水準と比べて置くと説明しやすくなります。評価の目標の立て方は、MBO(目標管理制度)の進め方と同じ考え方で運用できます。
当社が報酬に入れたのが歯止めです。仕事の値段と基本給がかけ離れると、値段の低い仕事に就いた人の人件費が売上を上回ります。そこで「基本給÷担当する仕事の値段」に上限を設け、上限に達した人は昇給より先に、より大きな仕事へのアサインを検討する設計にしました。ジョブ型の考え方を、基本給の上がりすぎを止める側にも使った形です。
移行設計で何が起きる?当社の制度設計で見つかった5つの落とし穴
移行の事故は、制度の中身よりも「試算していない組み合わせ」と「規程・書式・計算の式とのずれ」から起きます。当社の設計でも、5つの落とし穴が見つかりました。
当社は新制度を、現社員の実データで5年分・500回シミュレーションしました(評価の分布を変えて繰り返し試算)。あわせて賃金規程・就業規則・雇用契約書の書式を読み直しています。
| # | 落とし穴 | 何が起きたか | 当社の対処(方針) |
|---|---|---|---|
| 1 | 昇格と昇給の逆転 | 昇格した人の月給が、同じ等級で昇給した場合より約7%低くなるケースが出た | 「昇格後の月給は昇給後の月給を下回らない」ルールを追加 |
| 2 | 昇給の予算枠が破れる | 事前に決めた昇給の枠(号俸を何号まで上げるかの予算)を、1〜2年目に全シナリオで超えた | 枠をやめ、経営が業績を見て「実施/昇格のみ/月給は上げない」の3択で承認 |
| 3 | 計算の式と規程のずれ | 社内の見込み計算の式が、正式な率表と境目で違い、「昇給すると手取りが減る」と誤読しかけた | 式より先に正式な表を読む。率表は規程案として文書化 |
| 4 | 書式の前提のずれ | 契約書の書式の前提が、いまの雇用の実態と合っていなかった | 制度改定にあわせて書式も見直す対象に |
| 5 | 割増賃金への波及 | 業績手当は割増賃金の計算に入るため、固定残業手当でまかなえる時間が手当の額で変わる | 毎月の締めで自動比較し、不足分は差額を支給する設計に |
一方で、月給総額の伸びは年2〜4%程度に収まり、歯止めによって毎年一定数の社員の昇給が止まる結果でした。コスト面で制度が「ザル」になっていないことは確認できましたが、1と2は試算しなければ気づけなかった問題です。
もう一つ見落としやすいのが、下がる人ではなく「新しい等級の下限に届かない人」の引き上げコストです。当社では移行に伴う会社負担の増加のうち、約4割がこの引き上げ分でした。ジョブ型への移行では「下がる人」の手当てばかりが注目されますが、小さな会社ほど下限割れの引き上げが効いてきます。
給与が下がる人の激変緩和はどう設計する?
下がる人には調整給で段階的に移行し、労働契約法第10条の合理性の要素に沿って説明と記録を残します。1社の中でジョブ型へ寄せる場合は、下がる人と同時に「逆転する人」「下限に届かない人」も洗い出すのが要点です。
就業規則の変更で労働条件を不利益に変える場合、労働契約法第10条は、変更が合理的で周知されていることを条件にしています。合理性は、不利益の程度・変更の必要性・変更後の内容の相当性・労働組合等との交渉の状況・その他の事情で判断されます(出典:労働契約法(e-Gov法令検索))。
ジョブ型への移行では、次の3種類の人を一覧にしてから説明に入ると、相当性を示しやすくなります。
- 下がる人:差額を調整給で支給し、一定期間で段階的に減らす。より大きな職務へ手を挙げられる道(社内公募・昇格基準の公開)もあわせて示す
- 逆転する人:昇格・異動で、そのままの場合より給与が下がる人。「下回らない」ルールで先に塞ぐ
- 下限に届かない人:新しい等級の下限まで引き上げる。費用は移行コストとして経営が先に承認しておく
調整給の期間や不利益変更の法的論点は、2社の制度を統合する場面を扱ったPMIの人事・給与制度の統合|不満を抑える進め方と移行設計と、PMIの就業規則・労働条件の統合で詳しく解説しています。
ジョブ型の導入でつまずきやすいのはどんな会社?
職務の中身が頻繁に変わる会社、等級と給与の対応が文書になっていない会社、試算をせずに説明会を開く会社は、つまずきやすい傾向があります。
導入前に次の5つを確認してください。2つ以上当てはまるなら、全面導入より部分導入から始めるほうが安全です。
- 同じ人の担当業務が、半年〜1年で大きく変わる
- 等級ごとの給与レンジが規程に書かれていない(社長の頭の中にある)
- 給与計算の式が、規程ではなくExcelや社内ツールの中にしかない
- 雇用契約書の書式を、ここ数年見直していない
- 新旧制度の差額を、社員一人ずつ試算していない
組織の段階に合わせた役割の整理は組織図の作り方、人材への投資を経営の言葉で語る枠組みは人的資本経営とは?もあわせてご覧ください。
制度設計と移行の手間はどう減らせる?
何を払う理由にするか、誰をどの等級に置くかは経営が決め、試算の網羅と規程との照合はツールに任せると、移行の事故を減らせます。
当社は今回、現社員の実データを使った多数回の試算や、規程と計算の式の突き合わせを、生成AIとスクリプトで下ごしらえしました。昇格と昇給の逆転も、この網羅的な試算で見つかったものです。判断は人が行い、AIは「組み合わせの網羅」と「矛盾の洗い出し」に使う——これが「現場主義 × AI」の使い分けです。
キュリオシティでは、等級・評価・報酬の設計から、移行の試算、規程の整合、運用の仕組みづくりまでを、現場の実態に合わせて支援しています。支援の範囲と進め方は中期経営計画・経営支援コンサルティングをご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. ジョブ型人事制度とメンバーシップ型の一番の違いは何ですか?
A. 給与の根拠が「仕事」か「人」かです。ジョブ型は職務の大きさや市場価格で処遇を決め、メンバーシップ型は能力や勤続で処遇が上がります。採用や異動の違いは、この根拠の違いから生まれます。
Q. 中小企業でもジョブ型人事制度は導入できますか?
A. 導入できますが、全面導入より部分導入が現実的です。給与のうち「担っている仕事の値段」に連動させる部分だけを職務手当や業績手当として切り出し、基本給は能力や等級で動かす形なら、職務記述書の維持負担を抑えられます。
Q. ジョブ型への移行で給与が下がる社員はどう扱えばよいですか?
A. 一人ひとりの新旧差額を試算し、調整給で段階的に移行するのが一般的です。不利益変更には労働契約法第10条の合理性が求められるため、必要性・相当性・説明の経過を記録し、社会保険労務士に確認しながら進めてください。
Q. 職務記述書はどこまで詳しく書く必要がありますか?
A. 最初から完璧を目指す必要はありません。職務名・目的・主な責任・成果の測り方・必要なスキル・権限の6項目をA4半分で書き、使いながら直せば十分です。政府の指針に載った大手企業も、完成度を求めずに磨く方針を取っています。
Q. ジョブ型人事制度の導入にはどれくらいの期間がかかりますか?
A. 規模や範囲によりますが、設計から規程改定・説明までで数か月〜1年程度が目安です。設計そのものより、現社員の試算と規程・書式の整合、説明の段取りに時間がかかります。
まとめ|ジョブ型は「どこを仕事の値段で払うか」から始める
- ジョブ型とメンバーシップ型の違いは、給与の根拠が「仕事」か「人」か
- 政府の『ジョブ型人事指針』も、一律導入ではなく自社に合った方法を求めている
- 中小企業は「払う理由の3分割」で、仕事の値段に連動させる部分だけを切り出すのが現実的。案件単価がなければ職務評価と職務手当表で置き換える
- 導入は「目的と範囲→職務の棚卸し→等級→報酬→評価→移行と規程」の順
- 移行の事故は、昇格と昇給の逆転、予算枠の破綻、計算の式・書式・割増賃金とのずれから起きる。現社員で何年分か試算してから説明する
「自社の場合、どこまでジョブ型にすべきか」「今の給与から新制度へどう移すか」を一緒に整理したい方は、お気軽にご相談ください。
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監修:大槻 伸夫(キュリオシティ株式会社 代表取締役CEO)
業務改善・PMI・経営支援のコンサルティングに従事。「現場主義 × AI」を掲げ、経営計画・組織人事の仕組みづくりを支援している。自社でも等級・評価・報酬制度の設計を進めている。
